カレーのヒント 068:ここ一番、頼りにするもの
新刊の撮影がひとまず1冊分、終了した。
集中力を切らさずに最後まで駆け抜けられたと思う。今回の新刊でも新しいことに挑戦できた。終えた、と言ってもレシピの調理撮影が終わったにすぎないため、ここから原稿を書いたり構成を考えなおしたり、とやることはたくさんある。完成に至るまで半分も終わっていないような状況だ。
昔から撮影現場での僕を支えてくれるのは、BGMである。10年以上前から、撮影日のBGMは自分で選曲するようにしている。自前のCDからその日にカレーを作りながら聴きたいものを何枚か持ち込んでループするのだ。
調理の途中でもアルバムが1枚終わって静かになると、ちょっとした隙を見つけてCDを取り換える。この作業は欠かさない。いまどきはもっと便利なツールがいろいろあるから、そういうものを使う方法が普通なんだと思うけれど、僕はそういうものに疎いし、それらを自分の音楽生活に装備しようという気がないから、いつまでたってもCDで聴く。レコードで聴かなくなってしまったのは残念だけれど、自宅でCDを飾っている棚の前に立ち、撮影で聴きたいアルバムを選ぶのだ。
ただ、今回は、そこまでの余裕がなかった。スタッフは全員初めて仕事をする人たちだったし、レシピがちょっといつも以上にチャレンジングな切り口だったこともあり、アルバムを選ぶことにまで時間を割けず、現場のキッチンにもともとあるCDで4日間の撮影を行う。CDはジャンル問わず、15枚程度しかない。これを自分の気分によって変えながら料理を作る。たいていは、午前中にクラシック音楽でスタートし、昼頃からロックでテンションを上げ、夕方前にソウルやファンクをかける。そして緩やかなオールディーズで終わりに向かう。気分によってたまにジャズをはさむ、という感じ。
昔は、毎日、書籍の撮影が終わった日の夜に、「本日の調理は80点、選曲は95点」などと、調理と撮影にそれぞれ点数をつけて軽く振り返ったりしていた。
レシピ本の撮影という仕事は、僕にとって特別なもので、きっと1年で最も集中し、神経をすり減らす仕事と言える。だからこそ、ここ一番で僕を支えてくれる音楽の存在は本当に大事だ。まもなく次の新刊のレシピ撮影がやってくる。次はもう少し余裕をもって、前夜にアルバムを選ぶところから挑みたいと思っている。
(水野仁輔)
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