カレーの思い出 254:エスニックカレーのお店

20代のころ最初に就職した仕事をやめ実家の長野でふらふらしていた時のことです。松本市の友人からカレーの食べ放題の店があるから行こうと誘われました。あまり土地勘がなく、つれられるがまま行ったお店で確か当時1300円払い、フリーターの身には高いなーと思った記憶があります。そこは自分でよそうスタイルなのですが、お皿にご飯をよそい寸胴に向かって仰天、緑色をしているじゃありませんか。入る前にエスニックカレーのお店だと友人から教えられていたのですが、私は当時、自分の家のごくごく普通のカレーかスキー場で食べるぼったくりな、レトルトカレーしか知らずエスニックカレーにまったくピンときていませんでした。他にもゆで卵のごろごろ浮いているカレーや、白くて甘いカレーがあったりと大変な衝撃でした。
当時20代前半の私は友人と共に7〜8種類のカレーを食べるのにご飯を何回もおかわりしながら、うまい。うまい。といいながら食べたたのがいい思い出です。その後就職し、忙しさの中であいまいな記憶になってしまいカレーは思い出せるのに店が思い出せず、再度食べに行きたいと思ってもたどり着くことができませんでした。
最近スパイスカレーにはまって、いろいろな店に食べに行ったり自分でも作ったりしているのですが、急にこの店に行きたくなり本気でインターネットで調べて見たところ。それらしき店がまだあるじゃあありませんか。エスニックカリー メーヤウ 桐店。創業20年らしいので時期的にもあう! 今度里帰りしたときに食べにいって思い出のカレー店かどうか確認してきたいと思います。

→そういえば、最近、エスニックっていう言葉を聞かなくなりましたね。エスニックカレーというジャンル自体が消えつつあるのかも。エスニックカレーって、なんか、いま、改めていい言葉だなぁと思います。(水野仁輔)

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別名“カレープレーヤー”養成所。入学すると50人の仲間(同級生)に出会える。授業に出るとカレーの未知なる魅力に翻弄される。卒業すると500人以上の仲間(卒業生)ができる。つまり楽しい日々はずっと続く。そして校長の僕は取り残されてちょっぴり寂しくなる。そんな学校です。水野仁輔

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