カレーの思い出 321:おまえのカレーもよこせ

私が初めてインドカレーを食べたのが、学生時代に見つけた九段の坂の上にあるレストランでした。ものにしたいおんなのこをレストランに連れて行こう!と選んだ店がここでした。30年近く前、今のようにフランス料理やイタリアンがお安い時代ではなく、じゃあインド料理はカレーだから安いだろうと投げやりな感じで選んだのがここでした。お給仕もインド人の女の人で緊張した事を覚えています。意中のその子をつれてレストランで食事をすると、なんという事でしょう。食べた事のない不思議でおもしろい味の皿ばかり。どうにかするはずだったおんなのこなどそっちのけ、もうどうでもよくなり夢中になってカレーを食べました。おまえのカレーもよこせ、と思いました。
その後何度か通ったその名も知らぬ店、ある日行ってみるとなくなってしまっていました。取り壊した店の廃材がうずたかく積み上がり、ショッキングでした。がっかりしてとぼとぼと靖国神社の参道を歩いた覚えがあります。その後インドカレーで燃え上がった心は東銀座の古いインド料理店でのインド人とのこわい出会い、御徒町のガード下2階の狭いお店での常食、就職して出張で日本各地のカレーを食べ歩き、など続いており、数々のカレーを食べて今では立派なカレーライターになりました。これもひとえにあの九段のお店と水野仁輔さんのおかげだと思っています。
後日談があって、九段の店がなくなってしばらくしてオートバイに乗るようになりました。今のように深夜までインドカレーが食べられる店などない当時、市ヶ谷にあるアジャンタというレストランが24時間インド人がいる、深夜早朝でもうまいインドカレーが食べられる、と噂を聞いて人が寝静まった深夜、オートバイにうち跨がりインド人が作る辛いカレーを食べに通いました。そうやって通っていたにも関わらず、あの九段の店が市ヶ谷の店とおなじ店だとと知ったのは、あの衝撃の日から10年以上たったのちの事でした。

→水野仁輔さんのおかげではないです。「おまえのカレーもよこせ」っていいなぁ。(水野仁輔)

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別名“カレープレーヤー”養成所。入学すると50人の仲間(同級生)に出会える。授業に出るとカレーの未知なる魅力に翻弄される。卒業すると500人以上の仲間(卒業生)ができる。つまり楽しい日々はずっと続く。そして校長の僕は取り残されてちょっぴり寂しくなる。そんな学校です。水野仁輔

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