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カレーのヒント 029:「撮る」・「話す」・「書く」

ニハリをめぐる、パキスタン~インドの旅を終えた。去年のインド・ネパールよりも、一昨年のインド・スリランカよりも充実した旅だった。なんというか、掴んだものがあったという実感がある。

きっとしばらくの間、「インド、どうでした?」というような会話をすることが増えることと思う。それを想像して、ちょっと困ってしまった。

「楽しかったよー」とか「いやー、おもしろかったなー」とかならすぐに返答できる。「こんなことがあってさ」などのネタには困らない。酒の席なら何時間でも語れそうだ。でも本当に伝えたいことは話せる自信がない。旅のハイライトは、ニハリ屋さんで仕込みを見学したことだ。2日間に渡って合計5時間以上、道端に立ってオープンキッチンで調理する様を見続けた。あの5時間に僕が得たものを話すのは難しい。

映像だったらどうだろうか? 5時間も動画を撮影し続けるのは大変だし、5時間見るのも難しい。ダイジェスト版として編集したとして、僕の見せたいものは表現できるだろうか。東京スパイス番長メンバーは、同じ時間、同じ場所にいて、同じものを見ていた。でも、僕が掴んだものと彼らが掴んだものはきっと違う。「百聞は一見の如かず」とは言うけれど、「見てほしいのはそこじゃないんだよ」とか「あの光景にこれを感じたんだ」みたいなことは人によって違う。解説でもつけない限り、映像を誰かに見せても届かないものがある。

そうか。僕が僕なりに掴んだものを僕が表現して誰かに伝えようとするのなら、「文章を書く」、「文章を読んでもらう」ということがそれをクリアできる最善の手段なのかもしれない。僕が噺家なら、僕が映画監督なら手段は違うのだろう。でも、「見る(撮る)」・「聞く(話す)」・「読む(書く)」の3つから自分の得意なものを選ぶなら、「書く」になる。

そもそも、僕が旅をする理由自体が説明しにくいものだ。今年で言えば、「ニハリとは何か?」を探求しにパキスタンとインドへ行った。去年のテーマは「アチャールとは何か?」だし、一昨年は「チェティナード料理とは何か?」である。何かを知りたくて旅をしていることは間違いないけれど、僕にとって何かがわかるかどうかは実は最重要ではないのだ。この部分がどうにも届きにくい。それを届けたい(あ、興味を持ってくれる人だけにね)。そのためには僕は文章を書くしかないのだ。

旅の途中、同行メンバーはみな、こまめに写真や記事をSNSにアップしている。僕は個人的な考えや意見、近況などのSNS投稿はしないと決めている。そういうことに興味がないからだけど、「書いて表現する」ということに慎重になってしまうからでもある。パッとその場で書いてアップができない。書きたいことが出てきたら、「表現するのに適当な場所が決まって、改めて時間を作って、書きあがった段階で」といくつもの橋を準備してしまう。

毎年、世界のあちこちに旅をし、旅先で毎日、メモを取り続けているが、どこにも出していないのは、特に発表の場を決めていないからだし、それように「書く」ことをしていないからだ。とはいえ、毎年恒例のインドの旅については、『インド即興料理旅行 チャローインディア』という自費出版という発表の場がある。だから、そこで書くまでは他では書かないつもりだ。しかも、厄介なのは、「ニハリとは何か?」を知りたいと思っている人の期待には応えられないということ。僕が表現したいことはそれではないのだから。そして誤解を招く原因になる……。

僕は、『インド即興料理旅行』を書く。でも、ニハリという料理については、僕よりも詳しく知っているたくさんの人たちに答えを求めてもらいたい。今回の旅で僕が掴んだものについては、僕はこれからじっくり言葉を探して表現方法を考えて書いてみたいと思う。「筆舌に尽くし難い」という表現があるけれど、それで逃げてはいけない。「舌」は無理だが、「筆」ならなんとかなるはずだ。

まあ、ぐずぐずこんなことを書いている暇があったら、『インド即興料理旅行』を書きなさいよ、ということですな。あ、新刊レシピの原稿もたまっているしね。

(水野仁輔)

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別名“カレープレーヤー”養成所。入学すると50人の仲間(同級生)に出会える。授業に出るとカレーの未知なる魅力に翻弄される。卒業すると500人以上の仲間(卒業生)ができる。つまり楽しい日々はずっと続く。そして校長の僕は取り残されてちょっぴり寂しくなる。そんな学校です。水野仁輔

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