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カレーのヒント 080:散歩と電車と木製ベンチ

散歩ばかりしている。

かっこよくいえば、ウォーキングと言えなくもないが、やはり散歩かな。最近聞いた話では、ウォーキングに効果的な速度は、「しゃべることはできても歌えない程度」だそうだ。あ、いや、「歌うことはできてもしゃべれない程度」だったかな。ともかく、僕の歩く速度は余裕で歌うこともしゃべることもできるくらいだから、ウォーキングではなく散歩となる。

誰かに会うと二言目には、「忙しいですか?」とか「忙しいですよね」と聞かれる。僕は、「忙しいですか?」と聞かれて「忙しいです」とは答えないようにしている。たいていは「ひまです」とか「忙しくないですよ」と答える。最近では、そのあとに続けて「散歩ばかりしていますから」と加えたりする。

本当のことなのだ。

散歩のとき何か食べたくなって……、と池波さんのようにはいかないから、途中でレストランに寄ったりするわけではなく、ひたすら歩く。歩いていると音や景色がなんとなく自分の中に溶け込んできて、悪くない。

たとえば、線路の脇のゆるやかな坂道を下っていると、ふと、「いい景色だな」と立ち止まることがある。右に用途のわからないコンクリート塀が続き、落書きがある。道は右にカーブしているから両脇の木々の緑に切り取られた青空は三角形の頂点のように奥に行くにつれてとんがっていく。

左の線路の後ろから、電車が走ってくる音が聞こえてきた。慌ててスマホを取り出して写真を1枚とる。鉄道に興味があるわけではないけれど、決定的瞬間をおさえようと指が動いた。撮影された写真を確認すると、電車の先頭がタイミングよくおさまっていた。

再び歩きながら、さっきの写真を思い出す。あの電車は僕の後ろからやってきて僕を追い越していったのだけれど、写真だけを見たら、向こうから電車がやってきて、僕の後ろへ走り去っていったようにも見えるんだよな。その場合、先頭だったはずの電車はその最後尾が写っていることになる。不思議だな。

たとえばカレーだったら、それはどういうことになるのだろう。後ろから追い抜いて行ったものが、前からすれ違ったように感じるカレー。調理プロセスの写真はとある瞬間をおさえている。それがその後に続くのか、その前に戻るのか。そういえば調理プロセスを逆回転させたレシピを考案したことがあったよなぁ。追い抜きカレーとすれ違いカレー。うん、面白そうだ。

そんなこんなを考えながら歩き続けると、公園に入った。日陰が多く、涼しくていい。左の池のほとりで子供たちが遊んでいるのが見える。少し距離を開けた場所を通り抜けようとすると、目の前にベンチがふたつ並んでいる。あれ? と思う。ベンチは向かって左側、池の方へ座面が向いているのだけれど、そこに座ると目の前には大きな木が何本も生えていて、青々と葉を茂らせているから、分厚い緑の壁のように視界をふさいでいる。

一方、ベンチの背もたれの裏側には広々とした空間が広がっていて、小道があり、遊具が見えたりして眺めがいいのだ。このベンチに腰掛けたことを想像すると、なんだか変である。広い空間に背を向けて至近距離にある緑の壁と向き合うことになるのだから。なぜ、ベンチはこの方向を向いているのだろう。

かつては、緑の壁がなかったのかもしれない。木々は低木で見晴らしがよく、池の景色が見渡せるレイアウトだったのかもしれない。年月が経ち、木は成長し、ベンチの角度がヘンテコになった。ベンチがおかしいのではなく、周囲の風景が変わったのかもしれない。

たとえばカレーだったら、それはどういうことになるのだろう。いい景色に背を向けてまるで緑の壁と向き合っているようなカレー。そんな特殊なカレーの作り方っていったいどんなものだろう?

散歩はいい。

散歩をしながら自分に入ってくるさまざまな物事が刺激をくれるのだ。そのたびに僕は、「これがカレーだったら」と考えて歩みを進める。答えが出ることはほとんどないし、散歩が終わればいつしか忘れてしまう事だったりもするのだけれど、頭の片隅に小さなかけらが残される。ふとしたときに何かと何かがつながって、新しいカレーの手法が編み出されたり、スパイスの使い方のヒントになったりしているのだと思う。

だから、散歩をして過ごす日々を送る僕は、視点を変えれば、「僕は常に仕事で大忙しなんだ」と胸を張っていいのかもしれない。

(水野仁輔)

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別名“カレープレーヤー”養成所。入学すると10人以上の仲間(同級生)に出会える。授業に出るとカレーの未知なる魅力に翻弄される。卒業すると600人以上の仲間(卒業生)ができる。つまり楽しい日々はずっと続く。そして校長の僕は取り残されてちょっぴり寂しくなる。そんな学校です。水野仁輔