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カレーのヒント 021:フォーティ・ナイン・ポイント・ファイヴ

テニスラケットのガットを張り替えに行った。
ガットのテンションを聞かれ、「50」とお願いしてから、お店のスタッフと雑談になった。流れでミーハーな質問をしてみる。
「錦織選手は、だいたいどのくらいの強度なんですか?」
そう聞いた瞬間に、スタッフの目の奥がキラリとした。「ちょっと時間、いいですか?」みたいな表情(に僕には見えた)をしてから、話し出す。基本的にはその日のコンディションやコートの質、相手が誰なのかなどの条件から総合的に判定してガットの張り方は変えているという。そりゃそうだろう。トップ中のトッププロなのだから。
「あるときにテレビの試合中継を見ていたんですけどね、錦織選手がガットの張替えをお願いするシーンがチラッと流れたんです。そのときに僕は聞いたんですよ。『フォーティ・ナイン・ポイント・ファイヴ』って彼が言ったのを」
なんとも嬉しそうな表情をして、続ける。
「ああ、錦織選手でも50以下で張ることがあるんだなぁと思いました。それとですね……」
彼は止まらない。
「フォーティ・ナイン・ポイント・ファイヴって言ったんですよ。ポイント・ファイヴって。そうか、錦織選手レベルだと、0.5の単位で調整するのかって感心しましたね」
満足げに語る彼の前で、もう僕はそこにいないも同然だった。彼は独り言を話しているのか、そうでなければ、僕の後ろの向こうの誰もいない誰かに話しかけているようだったから。まさかテニスショップの店内で置いてけぼりをくうとは。こうやって孤立する瞬間が今までにも何度もある。決まってカレーやスパイスとは違った世界、僕にとって専門分野以外の人と話しているときにおこることだ。僕はこの瞬間が好きで、こんなときはいつもたとえようのない孤独と共にニヤニヤしてしまうほどの喜びを味わっている。

誰も見ていないようなところに目をつけて嬉々とする。ジャンルを超えた誰かとそんな楽しみを共有する。カレーの活動をしている醍醐味のひとつがそこにある。「ポイント・ファイヴって言ったんです」みたいな誰かの視点に共感できる身でいたい。そのためには、僕自身が今いるこの場所で進化し続けなければならんのだな。頑張ろう。

(水野仁輔)

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別名“カレープレーヤー”養成所。入学すると50人の仲間(同級生)に出会える。授業に出るとカレーの未知なる魅力に翻弄される。卒業すると500人以上の仲間(卒業生)ができる。つまり楽しい日々はずっと続く。そして校長の僕は取り残されてちょっぴり寂しくなる。そんな学校です。水野仁輔

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