思い出カレー

カレーの思い出 001:ジャワよ! ジャワよ!! ジャワよ!!!

思い出のあの味を食べたいけれど食べたくないのはきっと、
思い出のあの人に会いたいけれど会いたくないのと同じだ。

幼いころからずっと水野家はジャワカレーの辛口だった。「子供は大人が食べたいものを我慢して食べなさい」という “昭和の親父”の厳しい掟を受け入れ、ヒーヒー言いながら辛いカレーを食べた。換気扇から流れ出る香りを嗅いだ隣り近所からは、「あなたのところはずいぶん本格的なカレーを食べてるのねぇ」と言われたそうだ。スパイシーで辛いルウカレー。それが水野家の思い出のカレーである。
あれから40年近く経った今もなお、一番好きなルウの銘柄は、「ジャワカレー」のはず、だった。ついさっきまでは……。

20年ぶりくらいになるだろうか、ジャワカレー(もちろん辛口)を作った。豚肉と玉ねぎのシンプルなやつ。にんにくやしょうがを炒めたり、玉ねぎを蒸し焼きにして油と絡めて表面をこんがりさせたり、トマトペーストでうま味を足したり、飲み残した白ワインを加えたりした。骨付きの豚ばら肉はしょう油を隠し味にしてホロホロになるまで煮込んでベースと合わせてさらに煮込んだ。
さあ、ルウを投入する準備は整った。味見をすると抜群にうまい。カレーにするの、もったいないな。このままご飯にかけて食べたい。ルウカレーをおいしく作るコツは、「ルウを投入する直前をおいしい煮込み料理に仕上げることだ」とずっと言ってきた。ルウに助けてもらうのではなく、ルウが必要ないくらいの味わいにしてからルウを投入する。そうすれば、そのカレーは予想を超えておいしくなる。

期待に胸を膨らませて、ルウを投入した。できあがったカレーを味見する。おいしくない。あれ? そんなはずは……。ご飯に1人前を盛り付けて食べる。やっぱり、おいしくない。全然おいしくないのだ。おかしいな。なぜだろう。ジャワカレーはこの世で一番おいしいルウだったはずなのに。

思い出のあの味を食べたいけれど食べたくないのはきっと、
思い出のあの人に会いたいけれど会いたくないのと同じだ。
変わってしまったのはジャワカレーの味ではなく、僕の味覚なんだろう。
変わってしまったのは彼女ではなく、僕なんだろう。

思い出とリアルに再会してはいけない。一度距離を置いたのだから、一番よかったときのイメージを記憶にとどめて、過去は振り返らないほうがいい。あーあ、変な欲を出しちゃったかな。
ひとまずジャワカレーには謝っておく。ジャワよ、ごめん!

(水野仁輔)

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