カレーの思い出 121:吹奏楽部の伝統

私は高校では吹奏楽部で活動していました。その吹奏楽部は新入生が入ると柏のボンベイに行って極辛のカシミールを食べる伝統がありました。柏のボンベイとはつながりの深い部活で練習後によく食べに行ってました。高校卒業後も食べに行っていて、行くと当時のマスターや奥様に「元気にしてるか?」などと声をかけてもらってました。
ある日、ビルの取り壊しに伴って閉店しました。場所を見つけたら再開すると言ってましたが、残念ながらしばらくしてマスターは亡くなられました。私のカレーのルーツとも言えるボンベイのカレーが食べられない寂しい日々を何年も過ごしていました。そんな日々の中、かつてのマスターの奥様が協力して、とあるカフェでボンベイのカレーを復活させている人がいるという話を聞いて食べに行きました。
すると長らくお会いしていなかったかつてのマスターの奥様が出迎えてくれました。思い出の味を涙が出そうになるのをこらえながら食べました。
しばらくそのカフェに通っている時期に高校の吹奏楽部の後輩が結婚しました。仙台で結婚式が挙げられました。何人かが式に出たので、その仲間で「ボンベイのカレーがまた食べられるようになったから、帰りに食べに行こうぜ」と声をかけました。もちろんみんな食べたいので断る奴はなく、小さい私の車に乗って仙台から千葉の柏まで車で帰ってきて食べに行きました。
みんなもマスターの奥様に再開し、思い出の味を堪能しました。その時の車の中での思い出話やお店に向かう時のドキドキ感は忘れられない思い出です。やがてカフェは人がどんどん訪れるようになり、正式にボンベイとして営業することになりました。吹奏楽部の仲間の顔を見ると「カレー食いに行く?」という関係は30年経った今でも続いています。今年の年始にも営業開始日の開店時に行ったら吹奏楽部の後輩に会って「やっぱりいる」と言われました。まだまだこれからも思い出は作られて、それが続いて行くでしょう。

→思い出の味と伝統が受け継がれていくのっていいですよね。アルコールの一気呑みとかに比べたら、極辛カレーを食べるのはまだかわいいものです。が、健康に注意して続けてほしいものです。(水野仁輔)

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別名“カレープレーヤー”養成所。入学すると50人の仲間(同級生)に出会える。授業に出るとカレーの未知なる魅力に翻弄される。卒業すると500人以上の仲間(卒業生)ができる。つまり楽しい日々はずっと続く。そして校長の僕は取り残されてちょっぴり寂しくなる。そんな学校です。水野仁輔

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