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カレーのヒント 015:月並みな感想

ジャマイカ・キングストンでジャークチキンを食べた。ずっと憧れていた、オールスパイスの木の枝でスモークしたやつだ。感動的においしかった。そして、僕がこれまでたべたことのあるジャークチキンは、ジャークチキンではなかったのかもしれない、と思った。

なんと月並みな感想だろう。

とにかく風味が全く違ったのだ。知人の紹介で会ったコーヒートレーダー会社のオーナーさんと、ジャークチキン屋さんのオーナーシェフと3人でジャークチキンの魅力について話す機会があった。ジャークチキンのおいしさの秘訣は2つあるという。「シーズニング」と「スモーキング」。シーズニングに必要なアイテムは、ピメント(オールスパイス)、タイム、スキャロン(ネギ)、スコッチボニート(チリ)。スモーキングに必要なアイテムは、スイートウッド(ピメントなどの木)。日本では手に入らないものばかりだし、ピメントやタイムもまるで香りが違うものだった。だから、日本で、ああいうフレーバーのジャークチキンに巡り合えないのは仕方がないことなのだけれど。

シーズニングとスモーキングがカレー調理に及ぼす効果について考えている。とてもいい刺激になった。

これもまた月並みな感想だ。

月並みといえば、マイアミへ向かうキングストン空港のゲートで、日本から持参した雑誌『月刊将棋世界』を開いた。巻頭から木村一基新王位の特集だったから、読み始めるのがもったいなくて、旅の後半に残しておいたのだ。現役最強の一人である若い豊島名人に勝って悲願を果たした46歳の棋士。彼について書かれた文章を途中まで読んで、泣きそうになった。

ほら、また月並みな感想が出てしまう。

ちょっとこのまま読み続けるのは危ない、と思い、いったんページを閉じて、飛行機に乗り込んでから続きを読んだ。結局、涙がこぼれてしまった。木村新王位が最終局に勝って王位になった瞬間も、僕は千駄ヶ谷将棋会館の外の道端で泣きそうになった。何度でも泣けてしまうかもしれないのは、僕が彼と同年代だからだと思う。すごいな、木村王位。彼に比べたら僕は全然ダメだ。もっともっと僕も頑張らなきゃ……。

またしても月並みな感想。

王位戦最終局が終わった後の回顧録にこんなくだりがある。

*****
やがて勝負は終わった。木村は勝った。
解説会場に移動する途中の記憶は朧気になっている。
「エレベーターの中で、ある一手について豊島さんに聞かれたんですけど、どんな一手だったか覚えてないんです」
(月刊将棋世界12月号より)
*****

これを読んで、改めて将棋はすごい世界だと思った。死力を尽くして戦った直後、ファンのために会場へ向かうエレベーターの中ですら、ついさっきの対局の一手についてプロは考えているのだ。四六時中将棋のことを考え、将棋の中で生きている人間が何人もいる。カレーの世界はどうだろうか。僕は将棋界が羨ましくなった。この『月刊将棋世界』は僕の永久保存版にしよう、と思う。

あーあ、またまたまた月並みな感想。

この文章を僕は、サンタモニカのステーキ屋さんで、書いている。深夜24時を過ぎた。肉の塊は立派だが、味はとくにパッとしない(50ドルもするけどね!)から、僕は、キングストンでジャークチキン屋のオーナーにもらったドライシーズニングパウダーを豪快にふりかけた。アンガスビーフのステーキがジャマイカンチキンの味わいに様変わりする。

月並みな感想だけれど、いますぐジャマイカに戻りたいと思った。

(水野仁輔)

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別名“カレープレーヤー”養成所。入学すると50人の仲間(同級生)に出会える。授業に出るとカレーの未知なる魅力に翻弄される。卒業すると500人以上の仲間(卒業生)ができる。つまり楽しい日々はずっと続く。そして校長の僕は取り残されてちょっぴり寂しくなる。そんな学校です。水野仁輔

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