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カレーのヒント 071:フロアではなくラウンジ

東京カリ~番長メンバーで作るカレー本の撮影が最終日を迎えた。

撮影のためにメンバーの何人かが集まっていたため、片付け終了後に少しだけ雑談をする。メンバーが何人か集まると決まって仲間の話か音楽の話になる。番長のDJ主任として長く活動するDJ WARAは、朝焼けプロダクションという自らの音楽レーベルを立ち上げ、かつては全国のクラブから声がかかって遠征していた。ここ10年ほど音作り活動を休止していたが、このところ、新譜をリリースし、(本当かどうかわからないが)ロンドンのクラブシーンで受けているという。

僕らが昔も今もイベントでカレーを作ることがある渋谷のクラブ「organ bar」とずっとお世話になっている大御所DJ須永辰緒さんの話になった。WARAからとても印象深い話を聞いた。

その昔(10年以上前)、辰緒さんは、こういうようなことを言っていたという。

「organ bar」でDJをするとき、自分は、目の前のフロアに向かって曲をかけているんじゃない。背面奥にあるラウンジにいる人に向けて曲をかけているんだ。

「organ bar」のレイアウトは、エントランスを入ると左にフロアとDJブース、右にバーカウンターとラウンジになっている。50人も入ればぎゅうぎゅう、というくらい狭いクラブだ。当然、DJブースはフロアに向かってあるのだし、大音量で音を聞きたかったり踊りたかったりすればフロアへ行く。話でもしながらゆっくり酒を飲みたければラウンジにいる。僕らはいつもラウンジでカレーを出している。

だから、DJはフロアで盛り上がる人たちに向けて選曲するのが当然だ。でも、辰緒さんは違うという。この話を聞いて、「面白い!」と思ったし「わかる~!」と共感しておおいに盛り上がった。僕がDJをするときの話をしているのではない。僕がカレーと向き合うときの感覚として近いものがあるから共感できたのだ。

僕は、カレーを作るとき、鍋の中の玉ねぎを見て、玉ねぎをなんとかしようとしているわけではない。玉ねぎを炒めているときはスパイスのことを考えているし、鍋にスパイスが入ったときには鶏肉のことを考えたり、煮込み完了後のことを考えていたりする。

最近は、ずっとずっとカレー本の制作にかかっている。カレー本のためにレシピの撮影をしているとき、僕はそのレシピで作るカレーをおいしくしようと思ってその場に立っているわけではない。そのレシピとそのレシピで完成するカレーの写真を使って、その本で何をどう表現しようかを考えながら撮影当日、キッチンで手を動かしている。

辰緒さんレベルで僕が動けているかは別だけれど、意識としては極めて近いのかもしれないと思った。すなわち、辰緒さんからすれば、目の前のフロアで踊るお客さんを満足させることは目をつむってもできるわけで、そこを放棄するのではなく、その先や、別の場所を見て選曲しようというスタンスを取っているということだ。

それによって、さらに多くの人を満足させられるのかもしれないし、実は、フロアでのDJプレイをよりクオリティの高いものにするための“間”をつかめているのかもしれない。

昔、タモリさんが、「ジャズは隣の部屋からふすまを通して漏れ聞こえてくるくらいがいい」と言ったことがあったけれど、あのとき、タモリさんも、もしかしたら同じような感覚のことを言っていたのかもしれない。

僕も意識だけは同じつもりだ。玉ねぎを作るとき玉ねぎを気にしていないのも、レシピ撮影をするとき、レシピやその日にできあがるカレーを気にしていないのも、そこはもう勝手に手が動くことだからだ。その先にある別のことに意識を持って向かうことで実は、目の前のことがよりよくなっているってことがあるんじゃないかと思う。

DJブースにいながらフロアでなくラウンジに向けて曲をかけるような意識はきっと大事だし、それを実現できる高等技術を自分のものにしたいと改めて思った。

久しぶりに「夜ジャズ」聴こうかな。

(水野仁輔)

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別名“カレープレーヤー”養成所。入学すると10人以上の仲間(同級生)に出会える。授業に出るとカレーの未知なる魅力に翻弄される。卒業すると600人以上の仲間(卒業生)ができる。つまり楽しい日々はずっと続く。そして校長の僕は取り残されてちょっぴり寂しくなる。そんな学校です。水野仁輔