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カレーのヒント 024:壁にポラロイド

今年の新刊(今のところ2冊)のうち、1冊分の撮影が終わった。カレー将軍という4人組で共著の形でレシピ本を作っている。撮影は4日間。メンバーが1日ずつ担当し、僕は初日に料理をした。窓ガラスに貼られた台割の紙には、撮影の終わったページにチェックの印が入る。
2日目、3日目と別メンバーが撮影し、最終日に撮りこぼした料理を作りにスタジオへ行くと、窓ガラスの様相が初日と違う。僕も含めて3日目までのメンバーが作った料理の写真が貼られているのだ。普通紙に小さくカラー出力したものをはさみで切って貼ったものだから、鮮明な画像ではないが、眺めているだけで全体像が見えてくる。

2つのことが頭をよぎった。ひとつは、単著ではなく共著の場合、自分以外のメンバーの作る料理がとにかく新鮮に見えていい。独りでは絶対に生まれなかったレシピの完成形がそこにある。数年前に東京カリ~番長メンバーでレシピ本を作った時にも同じことを思ったけれど、やっぱり仲間と本を作るのって刺激的だな、と思った。
もうひとつは、昔のことを思い出した。僕がレシピ本を作り始めて間もないころ、まだ、書籍の料理写真をデジタルで撮影する時代ではなかった。カメラマンがフィルムカメラで撮影する。今のように撮影後にみんながパソコンの画面をのぞき込んで確認するようなことはなかった。カメラのフィルムの中にのみ、撮影された画像が眠っていて、カメラマンが現像所に持っていかない限り、その場にいる誰ひとり、どんなふうに撮れているのかを確認することができない。だから、カメラマンはたいてい、フィルムカメラで本番を撮影した後に1枚、ポラロイドを切った。てのひらで温めたりして色が出てくると、はさみで切って台割の紙に貼ったのだ。

昔は自宅でレシピ本の撮影をすることが多かったから、たとえば、5日間連続の撮影、だったり、2日やって、1週間があいてさらに3日間の撮影をしたり、などのスケジュールの場合、基本的に自宅の壁に台割の紙を貼りっぱなしで生活することにしていた。撮影が終わるたびにポラロイド写真の数は増えていく。1日の終わりにそれを眺めるのが好きだった。過去を反省し、未来を想像できるからだ。
予想通りに作れたもの、予想以上においしそうに仕上がったもの、思ったほどうまくいかなかったもの、作り直したいほどできの悪いもの……。すべて自分の作品だ。真摯に向き合い、全体の流れを確認し、明日、次の撮影で作る料理の微調整をしたり、ソースの色味を再検討したりする。とっても有意義な時間だった。

アシスタントもなく、途中の休憩もなく終日、走り切るのが僕のやり方だったから、1日の撮影が終わって、スタッフがみんな帰ると決まって床に突っ伏した。しばらく倒れ、それからなんとか体を起こし、壁を眺める。それを何日も繰り返して1冊の本ができていく。いつも全力投球で本を作っていた。いまもその気持ちは変わらない。でも、ここ数年の本づくりは、写真のデジタル化でいろんなことが便利になってしまったおかげで、反省と想像のプロセスを自分が簡略化してしまっている部分があるのかもしれないと思った。

日常生活では、積極的に便利を遠ざけ、不便を楽しむようにしているにも関わらず、大好きな本づくりで便利に甘えてしまっているのかもしれない。今年はあと1冊、単著のレシピ本の撮影が控えている。もっと意識的に愚直な作り込みに励まないといけないな、と思った。床に倒れるまで……。
ただなぁ、老化により体力が衰え、早々に倒れそうになるのが問題なんだよなぁ。

(水野仁輔)

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別名“カレープレーヤー”養成所。入学すると50人の仲間(同級生)に出会える。授業に出るとカレーの未知なる魅力に翻弄される。卒業すると500人以上の仲間(卒業生)ができる。つまり楽しい日々はずっと続く。そして校長の僕は取り残されてちょっぴり寂しくなる。そんな学校です。水野仁輔

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