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カレーのヒント 047:惜しみなく披露する奥義

その昔、つくったカレー本「まぼろしカレー」が年月を経て出版社を変えて蘇った。当時、この本を一緒に作った編集者が復刻も手掛けてくれたのだが、最終段階で彼から意外な話があった。帯に入れる言葉をどうするか、についてだ。

「香鈴亭をやっていた北川さんがアマゾンのレビューに書いてくれている言葉を掲載したいんですが、いかがですか?」

僕は何を言っているのか意味がわからなかった。だいぶ前から僕はアマゾンの自著に対するレビューは読まないことに決めている。だから、「まぼろしカレー」に関するレビューがあるかどうかも知らなかったし、そこにまさかあの北川さんからコメントがあるとは思ってもみなかったのだ。

編集者が教えてくれた内容が以下だった。

「実践的なレシピがたくさん載っています。水野氏のカレー愛に応えて、コックたちも皆さんが、長年磨いてきた奥義を、彼には惜しみなく披露します。往時を思い起こして再現する力は愛あればこそ! 自信を込めてお薦めします」(元香鈴亭亭主・北川逸英)

身に余る言葉、だ。本当に驚いた。いまはなき名店を切り盛りされていたシェフで、僕がお会いしたい人は何人もいる。その筆頭の一人が北川さんだ。杉並区の教会で牧師をしているという噂は聞いているので、探してコンタクトを取ろうとすれば連絡できなくはない状況。そういう意味では消息不明の何人かの方々に比べればいつか再会を果たせる存在だ。それだからか、僕は、何かいいキッカケがあるまではそっとしておこうと思っていた。
まさか、アマゾンにこんなレビューを書いてくださっているとは何年も知らずにいた。

好きなお店のカレーの味を再現することに興味がない僕は、店のシェフにそのカレーの作り方を直接聞くことはない。でもシェフとカレー調理に関するマニアックな話をするのは大好きだ。そもそも、僕は大昔、カレーの食べ歩きをせっせとしていた時代から、カレーの味わいそのものよりも店主と話をすることに重きを置いていた。だから、チャンスを見つけては声をかけ、話をし、名前や顔を覚えてもらい、いろんな店に通っては話をした。どのシェフもきさくに話に応じてくれたから、その延長で今もいろんなお店のシェフたちと密接にコミュニケーションをとらせていただいている。

北川さんのコメントにある通り、どのシェフの皆さんも僕に「奥義を惜しみなく披露」してくれる。それにはいくつかの理由があって、しかもそれは、時代によって少しずつ違っていたような気がする。
まだ僕が駆け出しのころは、きっと「なんだかよくわからないけど、やたらと前向きで面白そうなやつだ」という印象で優しくしてくれたケースが多かった。実際、いま、「ブレイクス」を営む赤出川さんは、「GHEE」時代から顔出しNGを貫いているにも関わらず、僕の処女作「俺カレー」にだけはでかでかと顔を出してくれている。その理由として、本人から上記のような発言を聞いたことがある。北川さんの表現でいえば、それが「カレー愛」だと捉えてくれた人もいるのかもしれない。

僕が出張料理人としてもう少し場数を踏んでくると、シェフたちにとって僕に「惜しみなく披露」してくれる理由が変わった。「水野君なら難しいテクニック論を話しても理解してくれるだろう」という期待が生まれ始めたからだ。実際、たとえば、ランチにカレーを出しているラファソン古賀の古賀シェフは何度もこう言ってくれている。
「普通の取材だと、まあ、そんなに詳しく話しても理解してもらえそうもないからって途中でやめちゃうんだけど、水野さんは全部理解してくれるから話し甲斐がありますよ」
僕自身が食べるよりも調理する側にいて、カレーを作ることの楽しさも難しさも自分なりに感じているから、「この人なら」と思ってもらえるようになったんだと思う。

さらに経験を積むと、また「惜しみなく披露」の理由が変わってきた。シェフにとってもアイデアのキッカケや刺激になる内容が得られるようになったからだ。「これってどうやってますか?」とか「ここが困っているんですよね」みたいな、相談に近い内容が増えている。僕が答えを持っているわけではないし、シェフの皆さんも僕にそれを期待しているわけではない。でも、「水野くんがいろいろと検証してくれているから参考になる」とか、「水野君と話をして自分が無意識にやっていることが何なのかがわかった」などと言ってもらえることが本当に増えた。言い方を変えれば、シェフにとっても得のあるコミュニケーションになっているということなのかもしれない。

僕は昔も今も「カレー店を営む気持ちはない」と言い続けているから、シェフによっては「この人が将来、自分の店のライバルになることはないんだな」という安心感を持っている人もいるのかもしれない。もちろん、これから先も僕はカレー店を営むことはない。
逆に言えば、食べ歩きをやめた7~8年前から、メディアでカレー店を紹介するような依頼はすべてお断りしているから、僕と仲良くしたところで彼らのお店が宣伝されることはない。だから、お店のPRという意味では得がない存在とも言える。

ともかく、カレー活動を始めてから今まで、変わらないのは、シェフとコミュニケーションできることの喜びである。理由は時代とともに変われど、この関係は永続させたいと思う。そのために、僕は常に勉強して練習して経験を積んで、どんなカレーシェフにとっても“話す価値のある人間”であり続けたいと思う。
そして、僕自身も奥義とはいえないまでも、自分自身が身に着けた技はこれからも惜しみなく披露しまくっていこうと思っている。

(水野仁輔)

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