カレーのヒント 081:無言のトッピング
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カレーのヒント 081:無言のトッピング

ブレイクスに向かう道中はいつも注文するメニューについて逡巡する。

コンビネーションというあいがけを頼むことは決まっている。サイズはMだ。問題はどのカレーをあいがけするか、である。ビーフとキーマにするか、キーマとバターチキンにするか、バターチキンとビーフにするか。要するに3種から2種を選ぶのだが、それに頭を悩ませる。店の前に到着して階段を上り始めるまでに確定させると決めている。

今日は、キーマとバターチキンのMにしよう。

カウンターに座るか座らないかくらいで赤出川さんと目が合う。軽く挨拶をする。水が運ばれてくるタイミングを見計らって注文する。僕はカウンターの背後を振り返り、窓際にある2人席が空いているかどうかをチェックする。まもなく、カレーが目の前に運ばれてきた。2人席が空いていれば、目の前のカレーの器を持って窓際にいき、数枚の写真を撮影してから、何事もなかったようにカウンターに戻る。

カウンターを離れるときに赤出川さんが近くにいれば、「ちょっと写真撮ってきます」とひとこと伝えてから動く。まあ、そうすることは赤出川さんもわかっているからわざわざ断る必要もないのだけれど。

僕は、東京都内で食事をするときには写真を撮影しないと決めている。カレーに限らずどんなジャンルの食事をするときもスマホで写真を撮影することはしない。何か大仰なポリシーがあるわけではない。写真を撮っても使い道はないし、自分の食べたものの思い出はいらないし。ただ、長年行きつけにしている5~6軒のカレーを食べるときのみ例外として撮影をし、インスタグラムで投稿している。「また来ちゃった」と書き入れることにしていて、この「また来ちゃったシリーズ」がなぜかやたらと好評である。

「また来ちゃったシリーズ、楽しみにしています」と何度言われたことか。そのまた来ちゃった数軒のうちのひとつがブレイクスなのだ。そんなわけで写真を撮る。

さらに言えば、僕は、インスタグラムにさまざまな写真をアップしているけれど、自然光の環境でなければ撮影しない、とも決めている。こちらは少し強めのこだわりがあって、僕みたいな写真の素人は的確なライティングで撮影をする技術がないから、自然光できれいに撮れる環境に頼ることにしているのだ。だから、自然光の入らない夜にばかり訪れる駒沢大学『ピキヌー』については、毎月欠かさず訪れるがほとんどの場合、撮影は断念している。

ともかく、今回もカレーをいつもの窓際に器を持っていく。あの席はベストポジションで、自然光がやわらかく入り、めちゃくちゃ美しく写真が撮れるのだ。そして、いつものようにシャッターを押したとき、「あれ?」と思った。何かがいつもと違うのだ。いつもよりも華やかな感じがする。その理由がなんなのかわからないまま、そそくさとカウンターに戻った。

なんだったんだろう? 今日の光はいつに増して特別に良かったのかな、なんて考えながら、フォークを取り出す。まずオーバルの器の中央奥にあるサラダをすべて食べる。そのときに「あっ!」と気がついた。サラダの手前、ライスの上にあるはずのないカレーがちょこっと乗っているのだ。ビーフカレーである。

僕が頼んだのは、キーマとバターチキンだった。それらは左右に堂々と盛られている。その中間に頼んでいないビーフカレーが添えられている。思わず、赤出川さんのほうに目をやった。赤出川さんは僕の視線に気づかず、次のお客の器を盛りつけている。この店に通い続けて20年ほど。こんなトッピングがおまけでついたことはなかった。どうしたんだろう? 何かあったのかな。ともかく、嬉しく食べ終えた。

「ビーフカレー、ありがとうございます」とどこかで伝えようとしたのだけれど、やめておいた。いいタイミングがはかれなかったのと、なんとなく野暮な感じがしたからだ。無言のトッピングに対して僕は無言のまま何も触れず、スタッフの男性とカレーと関係ないラジオの話なんかして店を出た。

外を歩いている間もずっと小さな喜びに満たされていた。あれはなんだったのだろう? と今も思う。ちょっとした気まぐれなのかな。

そういえば、キーマの焙煎具合いがいつもよりも強めな気がした。僕は好きな味だったけれど、赤出川さん的には許せない仕上がりだったのかなぁ。それを埋めるためにあのビーフがちょこんと乗ったんだろうか。まあ、こういうものはたいてい全くの邪推だ。ともかく、無言トッピングのおかげで僕はその日を1日じゅう幸せに過ごした。

そんなちょっとしたことがこんなに人の気持ちを豊かにするなら、僕も僕自身の日常で誰かにそんな何かを届けられないか、考えてみようと思った。

(水野仁輔)

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別名“カレープレーヤー”養成所。入学すると10人以上の仲間(同級生)に出会える。授業に出るとカレーの未知なる魅力に翻弄される。卒業すると600人以上の仲間(卒業生)ができる。つまり楽しい日々はずっと続く。そして校長の僕は取り残されてちょっぴり寂しくなる。そんな学校です。水野仁輔