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カレーのヒント 012:落語に学ぶ

落語が好きでよく聞く。落語の本もよく読む。落語について知れば知るほど、自分のカレー活動に響くものがあっていい。

来年出版するカレーの新刊の話が動き始めている。特にレシピ的な切り口のものについては、昨今は、レシピ動画が便利だから、書籍を出す意味が薄れつつあるように思う。でも、僕は書籍が好きだ。動画なら「動きや音」が入る分、情報量が多いからわかりやすい。でも、レシピ動画よりもレシピ本の方が上手に作れる、みたいな切り口はまだまだあるんじゃないかと思っている。だから、僕はそこに可能性がある限り、レシピ本を出し続けたい。落語の本を読んでいたら、その著者が、「落語はDVDで見るよりもCDで聞くべきだ」と書いていた。もちろん、寄席で見るのが一番だが、DVDのように情報量が多いものはよくない、という。ああ、落語の世界もそうなのか。勇気が出た。勇気が出ただけで、動画より本の方が優れている点をもっと具体的に見つけて新刊に反映させたいとは思っている。

「インド即興料理旅行 ~チャローインディア~」という本を出している。東京スパイス番長で毎年行っているインドへの旅をつづったルポで、個人的にはイートミー出版という僕の自費出版レーベルから出しているものの中でダントツに面白いシリーズだと思っている。熱狂的なファンが最も多いシリーズでもあるし、一方で最も売れていないシリーズであることも確かだ。この最新刊について、通販ページに購入者からレビューが入った。「得るものが何もない1冊でした」と……。正直、ショックだった。けれど、突っ張った気持ちも生まれてくる。「得るものが何もないからいいんじゃないか」と。負け惜しみに近い感覚だろうか。落語の本を読んだら、その著者が落語について、「落語を聞いてそこから何かを得ようと思っている人がいたら、落語は聞かないほうがいい」というようなことを書いていた。そうそうそう。そうなんだよなぁ。得るものがないことの価値を感じてくれる人に「インド即興料理旅行」は届けばいいのかもしれないな。まあ、一方で僕もあのシリーズを落語レベルの作品に仕上げなければいけないのだけれど。

1年ぶりに島根県松江市にカレーを作りに行った。前夜に連れて行ってもらったレストランで、シェフと話が盛り上がった。どうやら彼は、去年、僕がイベントで作ったカレーを食べに来てくれたらしい。しかも、あろうことか、彼はそのときの味に衝撃を受けたのだという。「自分の作るカレーに自信を持っていたが、打ちひしがれて作れなくなった」ようなことを言ってくれた。もちろん、リップサービスもあるのだろう。でも、続いて話してくれた感想に驚いた。「あんなに自己主張がないのにおいしいカレーを食べたのは初めてでした」と。僕の方もそこまで明確に指摘してくれた人は初めてだったかもしれないと思った。僕はシェフでも職人でもアーティストでもない。だから、“これが水野のカレーです”という個性や主張はできる限り排除してその時々に向かうカレーの味を決めて作っているつもりでいる。「おいしい」とか「おいしくない」とかいう感想は、食べた人の好み次第だから、正直言ってあまり気にしていない。でも、「個性がないのにおいしい」という部分は、ある種、自分が作るカレーの本質を見てくれている感じがしたのだ。それで、思い出した。島根に行く飛行機の中で読んだ落語の本で、古今亭志ん生の落語のすばらしさについて語っている文章があった。「立川談志さんがやる『芝浜』は熱演だけど、落語としての完成度には疑問を感じる。一方で、志ん生さんの『芝浜』は熱演から一番遠いところにあってさらっとしているのにすごみを感じる」というような内容だった。僕は、志ん生が一番好きな落語家だ。あんなカレーをいつか作れるようになりたい、と改めて思った。

落語が好きだ。知れば知るほど、自分のカレー道の足りなさを学ばせてもらえるから、落語からはずっと離れたくないと思っている。

……とここまで書いて、ふと思った。僕は落語からいかに多くのことを得ていることだろうか。落語から何かを得ようとしているわけではないが、何かを得てしまっているのだから、落語ファンとしては失格なのかもしれないなぁ。(水野仁輔)

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別名“カレープレーヤー”養成所。入学すると50人の仲間(同級生)に出会える。授業に出るとカレーの未知なる魅力に翻弄される。卒業すると500人以上の仲間(卒業生)ができる。つまり楽しい日々はずっと続く。そして校長の僕は取り残されてちょっぴり寂しくなる。そんな学校です。水野仁輔

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