カレーの思い出 309:母の玉ねぎ

たしか、小学校1年生位の時、母親がカレーを作る時の玉ねぎを炒める手伝いがボクの初めての料理体験だったと思います。その時から母は、玉ねぎは茶色になるまでしっかり炒めるんだとボクに言って、ボクは踏み台の上から、背伸びしてひたすらに玉ねぎを炒めていた事を思い出します。今でもカレーを作る時はこの基本を忠実に守っているのですが、先日母親にカレーを作ってもらい、久しぶりに母のカレーを食べてみると…母の玉ねぎは、茶色くなく少しパンチにかけていた。少し淋しい気持ちになった。

→年を重ねるとパンチのきいた味がきつくなったりしますからね。寂しくならなくてもいいんじゃないかと思いますよ。僕も幼いころは母親が料理をするのを横でよく見ていました。ただ、「前回と作り方が違う」とか面倒くさいことをよく言っていたようで、困らせていたんだと思います。(水野仁輔)

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別名“カレープレーヤー”養成所。入学すると50人の仲間(同級生)に出会える。授業に出るとカレーの未知なる魅力に翻弄される。卒業すると500人以上の仲間(卒業生)ができる。つまり楽しい日々はずっと続く。そして校長の僕は取り残されてちょっぴり寂しくなる。そんな学校です。水野仁輔

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