カレーのヒント 077:誰も気にしてはいないのだけれど
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カレーのヒント 077:誰も気にしてはいないのだけれど

映画を観てエッセイを書く連載をしている。

https://www.pintscope.com/serial-story/jinsuke-mizuno-14/


今回で14回目になるのだけれど、ふと連載ページの下の部分を見て思ったことがある。バックナンバーがアーカイブされている部分の表記についてだ。

13嘘でも言ってくれ 「見せかけなんかじゃない」 『ペーパー・ムーン』
12誰かにもらった正解よりも、自ら手にした不正解『80日間世界一周』
11笑いの裏に苦悩が隠れ、 怒りの裏に孤独が潜む。 『スケアクロウ』
10指した手が最善手。別の人生は歩めないのだから『男はつらいよ 寅次郎夕焼け小焼け』
09希望はいつも足元にあり 仲間はすぐそばにいる 『オズの魔法使』

直近の5話が並んでいる。別になんてことはない。でも、僕にはちょっとだけ気持ち悪い。
「数字」「記事タイトル」「映画タイトル」という順になっているのだが、「記事タイトル」と「映画タイトル」の区切りがわかりにくいからだ。さらに言うと、僕は連載記事のタイトルに使う文字数をだいたい同じくらいに合わせている。だから、そこを意識して整理しなおすとこんな感じになる。

13.嘘でも言ってくれ 「見せかけなんかじゃない」/『ペーパー・ムーン』
12.誰かにもらった正解よりも、自ら手にした不正解/『80日間世界一周』
11.笑いの裏に苦悩が隠れ 怒りの裏に孤独が潜む。/『スケアクロウ』
10.指した手が最善手。別の人生は歩めないのだから/『男はつらいよ 寅次郎夕焼け小焼け』
09.希望はいつも足元にあり 仲間はすぐそばにいる/『オズの魔法使』

ちょっとスッキリした。
でも、こんなことを気にしている読者は一人もいないと思う。そんなことを気にするくらいなら、たとえば本文の中にあるかもしれない誤字脱字を直した方がいいだろう。誤植番長を自称している僕は、本文中の誤字脱字については勝手に寛容な態度を示しているにもかかわらず、こういうどうでもいいような部分にはこだわっていたりするのだ。

たとえば、今年の新刊『スパイスカレー新手法』のまえがき、あとがき、コラムタイトルについても、全体を揃えることを意識して書いている。

はじめに 「Hands up, カレーを作るのは誰?」
コラム1 「Hands off, 火をともしたのは誰?」
コラム2 「Hands off, 閃きをくれたのは誰?」
コラム3 「Hands off, 名前をつけたのは誰?」
コラム4 「Hands off, 仲間になったのは誰?」
おわりに 「Hands up, 木べらを持つのは誰?」

いやぁ、スッキリしてる! すべての文字数がピタリとそろっている! すばらしい! 

これも、僕のこだわりで、漢字表記ひらがな表記を折りませながら、文字数がきれいにそろうタイトルを狙っている。とはいえ、本の中でそれぞれの原稿が登場するのは別々のページだし、誰も読まないような目次にしかこれらが並んだ状態で表記されているページはない。
だから、こんなことに気づく読者はいないし、それが素晴らしい、面白い、だなんて感じてくれる読者がいるはずもない。

「水野さん、はじめにとおわりに、コラム、全部タイトルの文字数がそろってますね!」

なぁんて誰かに言われたら、嬉しくて思わず抱き着いてしまいそうだ。まあ、こういう本当にどうでもいいこだわりをひそめて一人でニヤニヤするのは、原稿を書く醍醐味のひとつである。

(水野仁輔)

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別名“カレープレーヤー”養成所。入学すると10人以上の仲間(同級生)に出会える。授業に出るとカレーの未知なる魅力に翻弄される。卒業すると600人以上の仲間(卒業生)ができる。つまり楽しい日々はずっと続く。そして校長の僕は取り残されてちょっぴり寂しくなる。そんな学校です。水野仁輔