カレーの思い出 300:こたつ布団の裾をギューギュー

かれこれ20年ほど前、私が花も恥じらう女子高生だったころです。のちに叔母は離婚しているのですが、離婚の原因が旦那の借金です。祖母を勝手にサラ金の連帯保証人にして、叔母も祖母も取立てに追われるようになってしまいました。離婚をし、債務整理をするまでの間、叔母は自分の家を出て、それはそれはボロいアパートに身を潜めていました。そのアパートは私が高校へ自転車で通う途中にあったため、ろくに外出もままならない叔母のために私が買い物をして荷物を届けたり、話し相手になってあげることがしばしばありました。
ある日学校の帰りに叔母のところを訪ねると、カレーの良い匂いがするではありませんか。地方へ単身赴任している息子が久しぶりに帰ってくるので息子の好きなカレーを作ってあげたとのこと。部活帰りでおなかが空いている私に味見してよ、とカレーを温めなおして小さな茶碗で出してくれました。しかしここはサラ金から逃げて身を隠しているボロアパート。電気も最小限しかつけずお世辞にもきれいとは言えない部屋でテレビもつけずひそひそ声で食器の音も立てないようにしながら食べないといけません。
しかし来てしまったのです、取立てが。叔母は私に、「動くんじゃないよ!」とだけ言い、取立てが去るのをただひたすら待ちました。しかしなかなか帰らない取立て。玄関のドアにつけられた郵便受けをパタパタ開けながら「いるんだろ!」と脅してきます。そして言われてしまったのです。
「奥さんいるのわかってるよ!カレー臭ぇんだよ!」
世の中の大人の恐怖がそこまでわからなかった私は笑いをこらえるのが精いっぱいでこたつ布団の裾をギューギュー握って耐えたと記憶しています。30分ほど格闘した取立てもやっと帰り、外もすっかり暗くなったタイミングで母に迎えに来てもらい私も帰りました。今思えば叔母の手作りの食事を食べたのはあれが最後だったと思います。しかし味の思い出はありません、取立ての思い出だけが残りました。

→なんというか、すごすぎて、ドラマのようです。代えがたい経験ですね。笑いをこらえているときの姿が目に浮かびます。いい話を聞かせてもらいました!(水野仁輔)

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