見出し画像

カレーのヒント 032:手ごたえがあったのだ

クラフトスパイスという言葉を思いつき、使い始めたのは、2019年6月ごろのことだった。

元々は、去年の新刊出版記念パーティをパリで終え、カフェで編集者と雑談をしていたときにこの言葉は生まれた。来年の本をどうしようか? という話の中で、カレーではなくスパイスの本がいいんじゃないか、ということになった。タイトルは? 現実的な話が動き始める前にこの手の妄想をするのはよくあること。そのときに、正確に言えば、彼女が「クラフトスパイス」ってどうですか? と言った。いいかもね、となって帰国し、早速、僕はクラフトスパイスの定義を作り始めた。

これまでスパイスについて長い間、あれこれと試行錯誤してきたことを整理して、楽しくなりそうな切り口を発見する。次に僕がしたのは、(いつもと同じように)仲間探しだった。楽しいことは独り占めするよりもみんなでやったほうがいい。何人かに声をかけ、「CRAFT SPICE WORKS」というグループを作った。これは、すでに僕が立ち上げた「SPICE CRAFT WORKS」というグループのパロディ的なものでもある。

クラフトスパイスワークスのメンバーは、ちょくちょくラボに集まっては議論したり試作したり、スパイスのブレンドをしたりする。商品化してみようか、ということになり、試作版ができあがった。それを持ってデイキャンプをしてみたのだ。ハナマサで買った牛肉のかたまりを炭火で焼く。なんの下処理もしていない。焼けたら3種のクラスパをふりかけて食べた。ただの牛肉が信じられないほどおいしくなった。試作バーベキューは大成功に終わったのだ。

久しぶりに僕は手ごたえを感じた。

ただ、実は、僕が本当に手ごたえを感じたのは、クラフトスパイスの生んだ肉のおいしさについてではない。クラフトスパイスの商品性についてでもない。クラフトスパイスというコンセプトやプロジェクトの可能性について、である。同じようで同じではない。クラフトスパイスがいいミックスになり、肉がおいしくなったことは確かにとても大事なことだったと思う。でも、味の好みなんて人それぞれだから、僕個人に限ったことで言えば、自宅で豚肉の生姜焼きを作って食べているときに「なんておいしい料理なんだろう」と思うのと同じような次元で、バーベキューにクラスパを振って感動したにすぎない。

それよりも、パリのカフェでの雑談でなんとなく生まれた言葉が、仲間を巻き込んでここまで来たことに対して確かな手ごたえを感じている。これは大きなことだ。僕はカレーやスパイスでやりたいことが尽きない。思いついたらすぐに行動する。名前をつけて仲間を探してキックオフする。でも、その後にお蔵入りしたり休眠しているプロジェクトは数えきれない。それはそれでいいと思う。何かが動き出すときには必ず誰かの熱意が存在する。それが僕自身の場合もあれば、メンバーの誰かの場合もある。その熱意は、今生まれる場合あれば、時間をおいてじわじわ育つ場合もあれば、突発的にふってくる場合もある。いずれにしても、僕が関わる全てのプロジェクトは、「盛り上がったら進め、飽きたらやめる」ことにしている。仕事じゃないのだから、それでいい。いや、そのほうがいいと僕は思う。

クラフトスパイスについていえば、その熱意がとだえずにここまで来ているし、突然きまったバーベキューにあれこれの都合をつけて集まるメンバーがいて、有意義な時間を過ごせている。だからこのプロジェクトはきっとうまくいく。そんな手ごたえを感じられたのだ。久しぶりに面白いアイテムを手にした。さて、ここから先は、どう使って楽しんでいこうか。そこは主に僕が頭をひねらなければいけないところだと思う。コンテンツを開発するのは、僕の役割だと思っている。僕の得意分野だと思っている。一方で「こんなにいいものがあるのなら、たくさんのヒトと共有したい」ということを先に見据える人もいるだろう。その場合、クラフトスパイスの商品化と拡販みたいなことにつながるのだと思う。この場合、僕らが手にした手応えが世の中の人たちにも通用するのかどうかは、「売上げ」という数字で表れることになる。僕自身はこの分野には全く興味はない。僕は僕が仲間と手にした手応えを別の仲間とも、いや、できるだけ多くの人とも共有したいとは思わない。

ただ、この商品化→販売については、メンバーの中にそれに熱意をもって手掛けられる人がいる。だから、彼に全面的に預けようと思う。それよりも僕はこのコンテンツをもっと魅力的なことにして、僕と同じように「面白い!」と思ってくれる人と、より創造性あふれる遊びを実践していきたいと思う。

僕は僕の立ち上げたプロジェクトの結果、生まれた産物を受け入れてくれる人以上に、一緒に面白がって遊んでくれる人を常に探しているんだと思う。そういう意味で仲間やメンバーの熱意や共感を得られたと感じたときに手ごたえを感じているんだと思う。ひと晩たって、翌日になっても何となく余韻が残っているこの感じは大切にしていきたい。もう少し、ここに熱を入れてみよう。でも、僕もメンバーも飽きたら、すぐに休むことにしよう。

(水野仁輔)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?