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カレーのヒント 045:イートミー出版の窮屈なモノ作り

10数年前にイートミー出版という自主制作レーベルを立ち上げたのは、「何よりもモノ作りを大事にしたい」という考えからだ。時代が変わればツールやサービス、メディアは変わる。ただ「発信の仕方や場所」がどうなろうとも「モノを作ること」は普遍的なことだと思った。だからそれを訓練し続ける場所が欲しかった。

たぶん、そこが発端だったから、イートミー出版では、以前も今も非常に窮屈なモノ作りを自分に強いている。具体的には1冊の本を作ろうとするときのお金に関する考え方が特殊なのだ。

本を作るにはお金が必要だ。取材費、交通費、制作費、人件費、発送費、手数料……、他にも細かく色々とお金がかかる。たとえば、ざっと試算して1冊30万円が必要だとする。30万円をどうやって回収しようかを考える。単純に言えば1,000円で300冊を売り切れば、元が取れる。300円で1,000冊を売るでもいい。「必要なお金」と「売上げるお金」のバランスを考える。投資に対して回収の見込みが立てば、「じゃあ作りましょう」となる。これが普通の考え方だと思う。当たり前のことだ。

でも、イートミー出版は違う。投資は試算する。でも、回収の見込みが立つかどうかよりも先にすることがある。「その本はその投資に見合うだけの内容なのか」を判断するのだ。この時点で回収のことは考えない。30万円を使って作る価値のない本なら、たとえ60万円くらい売れそうだとしても考え直す。30万円の価値があるなら、誰も買ってくれそうもないものでも僕は作る。このときの“価値”は、モノを作る僕自身の基準で判断している。

結果、赤字を生み続けるプロジェクトになっているのだけれど、全く気にしていない。だって、好きなことをやるときはお金をかけるのは当たり前じゃないか。週末にキャンプやゴルフに行くのに投資と回収を試算して判断するなんて、味気ない。好きなことはお金をかけてやるもんだ、と僕は思っている。

だから、イートミー出版の取組みに関していえば、「回収の見込みがたつなら着手しよう」とか「回収の見込みがないなら中止しよう」という考えは一切ない。必要な30万円が手元になくて着手できない場合もある。でも、それは、たいていの場合、お金ではなく“覚悟”があるかないかの問題だ。それなら日常生活の出費を切り詰めたり、少し無理して別の仕事を引き受けたりして制作費にまわせばいい。それもできないなら、作らなければいい。結局、キャンプやゴルフと同じである。

イートミー出版でモノを作るなら、それなりの覚悟を持ってやるべきだということを自分に課している。イートミー出版は、僕がひとりでやっていることだから、この件で誰かを巻き込んだりすることはないのだけれど、この考え方が僕の中心に座っているせいか、たまに誰かと一緒にプロジェクトを立ち上げるときには、迷惑をかけてしまうことになる。

そんなときは、僕の考えをしっかり伝え、理解してくれる人とだけ組むことにしている。この“モノ作りの窮屈な覚悟”を理解してくれる人はとても少ない。そして、それを実際に行動に起こす人は、さらに少ない。

最近、『SouQ』というマガジンを買った。20年近く交流のあるサラーム海上さんという中東音楽の専門家が作っているものだ。表紙だけ見ていいなと思っていたら、サラームさんがSNSで「あと少しでようやく黒字化します」的なことを言っていた。もう何年も出版し続けているというのに。「ああ、サラームさんも『SouQ』に関しては回収の見込みを立てる前に作り始めたんだな」と嬉しくなった。そういうものはきっと内容の濃いものだから、と中身も見ていないのにすべてのバックナンバーを購入し、定期購読も申し込んだ。結果、いま、すごく楽しませてもらっている。

最近は、クラウドファンディングなるものが流行しているから、リスクを減らしてやりたいことがやれるようになっているようだ。「いい世の中になったなぁ」と思いつつ、「僕には縁のない世界かもなぁ」とも思う。僕は、これから先もずっと“やせ我慢”とか“屁のツッパリ”とかを通すつもりだ。「モノを作る」ことと同じくらい、「モノ作りの思考や姿勢」を大事にし続けたいと思っている。……なあんちゃって、ポリポリポリ。

(水野仁輔)


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別名“カレープレーヤー”養成所。入学すると50人の仲間(同級生)に出会える。授業に出るとカレーの未知なる魅力に翻弄される。卒業すると500人以上の仲間(卒業生)ができる。つまり楽しい日々はずっと続く。そして校長の僕は取り残されてちょっぴり寂しくなる。そんな学校です。水野仁輔

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