カレーのヒント 018:ニハリについて想うとき、僕の頭の中にあるもの。
「またニハリ!?」
最近、友人に言われてちょっとだけ傷ついた。
そう、確かにここ半年ほど、僕の頭の中はニハリでいっぱいだ。普段、食べ歩きをしない僕が、北関東のマニアックなパキスタン料理店にせっせと足を運んだり、都内でもトップクラスのインド人シェフからニハリの作り方を習ったり、彼が料理長を務めるレストランを貸し切ってニハリディナーを堪能したり……。
僕自身、高知のイベントでニハリを作ったのを皮切りに間もなくやってくる鹿児島のイベントでもニハリを作ろうと思っているし、年明けの沖縄でもニハリを作ると発表している。挙句の果てには2月に東京スパイス番長メンバーでインドとパキスタンを訪れ、ニハリを探求するつもりだ。
きっと周りには件の彼女以外に「水野がニハリ、ニハリ、うるさい」と思い始めている人もいるだろう。
ニハリとは、現地の発音で言えば「ナハーリー」となるらしい。何人かのインド人やパキスタン人に発声してもらうと、「ナ」と「ヌ」の中間くらいの音で、「ハ」の部分にアクセントを持ってきて、「ー」をだらしなく伸ばす。つい最近訪れたジャマイカで宿泊したゲストハウスの警備員が、早朝、眠気を抑えながら極めてやる気のなさそうにだらしなく「ヤーマン」と言ったときと同じくらいのテンションで発音する。な(ぬ)は~り~。
一説では、オールドデリーをはじめとするインドのムスリムエリアで生まれ、パキスタンとの国境線が引かれたタイミングと前後して現パキスタンのカラチに渡り、その後、パキスタン人に愛されるようになった料理らしい。牛やヤギのすね肉をとろ火でひと晩かけてじっくり煮込み、朝ご飯として提供される。油脂分のうま味がたっぷりあったり、ニハリマサラというミックススパイスの香りが豊かだったり、小麦粉でとろみをつけていたりする。他のインド料理とは一線を画す存在だ。
「もしかして、ニハリって流行ってるの?」と思う人もいるかもしれない。いやいや、流行っているどころか、誰も気にしていない料理だし、どちらかといえば、今のカレー業界のトレンドとは真逆を行く存在だ。わかりやすくいえば、AKB48に熱狂する時代にあえて松田聖子を聞くようなことを僕はしているのである。
なぜ?
「なぜ?」と具体的に聴いてくれた人がいたから、彼に冗談交じりに説明したことを繰り返すと、一言で言えば、「自分の中にあるパンク魂」がそうさせている。パンクとは、パンクロックを中心としたサブカルチャーの総称。拡大解釈をすれば、時代の流れに逆行したい天邪鬼な気持ち。カレーの世界でみんなが嗜好しているものが生まれ始めると、その逆をいくものに興味がわいてしまう。素直になれない性格が僕をニハリに向かわせている。
「それってミュージシャンで言うと誰ですか?」と聞かれたから、
「んんん、頭脳警察かな」と答えたものの、それじゃあ例えとしてはわかりにくいよね、と思い直し、「カレー界のピストルズを目指してる」と修正しておいた。
「お前の天邪鬼に付き合わされるんじゃ、たまったもんじゃない」と思われちゃつらいから、もうひとつの理由を記しておきたい。
なぜ、ニハリなのか?
このニハリという料理に日本のカレーを魅力的にするエッセンスを見出せそうな気がしているから。
インドのターリーやミールス、スリランカのライス&カリー、ネパールのダルバートなどに代表される“ワンプレート盛り合わせ”というスタイルがアレンジされ、日本では一部で“スパイスカレー”と呼ばれる新しいカレーが人気を集め始めている。食べ手の好みの多様化に合わせるように数々の味わいがちりばめられ、作り手と共創するかのごとく自由な組み合わせで器の上を混ぜ合わせて個性的な味わいを生み出しながら楽しむスタイルだ。それはまるで、個性豊かな才能が集結してひとつのステージを作り上げるAKB48のようなカレーである(と、AKBをたいして知らないくせに例えてみる)。
一方、昔からある日本のオリジナルカレーは、シンプルにカレー&ライスで構成される。稀に“あいがけ”なんかもあるものの、基本的にはたった1種類のカレーをご飯でいただくスタイルだ。それはまるでたったひとりでステージに立ち、武道館を満席にする松田聖子のような存在。日本のカレーが好きな僕は、松田聖子に憧れる。たとえ今は時代に逆行していると言われようとも。
ニハリとは、気の遠くなるような時間と手間をかけた一品をシンプルにロティ(パン)でいただく。複数の料理を混ぜ合わせていただくインドの食文化の中にあって、特異な輝きを放っている。
そう、ニハリは松田聖子なのである。
どうのこうのと御託を並べ続けているが、要するに僕は、ニハリに日本のカレーとの共通点を見出し、それを探求することで新たな調理スタイル、提供スタイルを発見できるかもしれないと期待しているのだ。まだまだ探求の最中だけれど、たとえば、あの濃厚なソースをそのままいただくのではなく、コーラやカルピスの原液のように捉え、色とりどりの焼き野菜や蒸し野菜と絡め合わせてカレーに仕上げてみる、だとか、ね。
僕がニハリのことを想うとき、僕はニハリの魅力はもちろん、その先にある日本のカレーを進化させるかもしれない可能性について頭をめぐらせてワクワクしているのである。
年が明けたら、“カレーの学校”の大同窓会というイベントで、「200人でニハリを作る」というイベントを計画している。できあがるカレーは、ジャパニーズカレーの進化系につながるものだから、本来のスタイルから逸脱して、ふっくら炊いたジャポニカ米でいただきたいと思っている。
いやぁ、なんだか、真面目なことを書いちゃったなぁ、ポリポリポリ。
(水野仁輔)
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?