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カレーのヒント 054:アレ・ブレ・ボケ

大学時代、写真家・森山大道のファンだったのは、「アレ・ブレ・ボケ」というキャッチーなスタイルに惹かれていたからだ。そこからルーツ(?)をたどってウィリアム・クラインの『NEW YORK』を買ったり、雑誌『プロヴォーク』関連の写真家たちの動向を追いかけたりした。

東京都写真美術館へ森山大道を観に行った。これまでもちょくちょく追いかけて見に行ってはいるけれど、相変わらずスタイルは変わらない。モノクロが彼のステージだと思うけれど、カラーを撮っても大道流。ひとつのスタイルを確立しているわかりやすさは強いし、それ以上にやめずに続けていることが何よりもすごいと思った。

「アレ・ブレ・ボケ」という、自ら名付けたわけではないだろうけれど、日本の写真の世界に新しい手法を提案し、確立させたことが羨ましい。それまでにないスタイルを提案することへの熱はカレーの世界にいる僕にも同じくある。ただ、僕の場合、問題は、飽きっぽいことだ。何十年も同じスタイルを続けていくだけの根性や根気、執着心がない。

きっと、そのスタイルを守ってやり続けようとしているのではなく、森山大道にとって、あのスタイルが心地よいのだろうし、あれが素晴らしいと心底思っているから続けていられるのだと思う。そして、僕のような写真の素人からすれば、彼のスタイルはずっと変わらないように見えるけれど、本当は、「アレ・ブレ・ボケ」に見える作品群は、すでに「アレ・ブレ・ボケ」ではない境地に到達している可能性もある。つまり、「ずっと変わらないな」と思わせているだけで、本当は「ずっと変わり続けている」のかもしれない。

自分には何十年もやり続けるほど魅力的なスタイルがまだない。それはアイデアが足りない、努力が足りない証拠だろう。森山大道が写真を志す美大生向けに行った講演の締めくくりに「とにかく量のない質はない。僕が言いたいのはそれだけです」みたいなことを言ったと本で読んだことがある。その言葉に感銘を受けたのは15年ほど前(だったかな)。それ以来、自分はカレーの世界で「量のない質はない」を実践してきた。それでもいまだにスタイルが確立できていないのは、自分にその素質がないからか、まだ量が足りていないからなのかもしれない。

一方で、インパクトのあるスタイルに憧れる気持ちは昔ほど強くなくなっていることも事実だ。僕が写真に夢中になっていた当時、僕の周囲では、アメリカの写真家といえば、ウィリアム・クラインとロバート・フランクが2巨頭だった。スタイルがはっきりしているウィリアム・クラインに対して、ロバート・フランクの写真集『アメリカ人』は、1冊を通して読んでぼんやりとしたひとつの情景を表現している感じで、大学生の自分にはわかりにくかった。

ところが、いま僕がカレーを通して体現しようと目指しているものは、ウィリアム・クラインでも森山大道でもなく、ロバート・フランクの方なのかもしれない。それは、キャッチーなスタイルを確立できないことからの逃げとも言えるし、時と場合によって興味の方向は目まぐるしく変わっても、すべてを通してひとつの情景を伝えることに重きを置いているとも言える。

だから、自分は自分なりにカレーと向き合い続ければいい。森山大道のスタイルにあこがれるのではなく、少なくとも森山大道と同じ年までカレーを続ければ、何かが見えてくるはずだから。いまは、軽々しくキャッチーなものになびこうとせず、足元を見てカレーを作り続けよう。
なあんて思いながらも、「カレーにおけるアレ・ブレ・ボケとはなんだろうか?」と考え始めている自分がいる。邪念だらけだな、全く。

(水野仁輔)

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別名“カレープレーヤー”養成所。入学すると50人の仲間(同級生)に出会える。授業に出るとカレーの未知なる魅力に翻弄される。卒業すると500人以上の仲間(卒業生)ができる。つまり楽しい日々はずっと続く。そして校長の僕は取り残されてちょっぴり寂しくなる。そんな学校です。水野仁輔

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