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カレーのヒント 051:吉と出るか? 凶と出るか?

カレーのオープンソース化というキーワードを表に出し始めたのは、いつ頃だったかなぁ。5年くらい前じゃないか、と思う。4年ちょっと前にスタートしたAIR SPICEのサービスは開始初回の第0号からスパイスの配合をパッケージにグラム単位で公開しているから、あのときにはすでにオープンソース化の考えに基づいていたことになる。

今朝、日経新聞の取材記事が掲載された。内容はオープンソース化とAIR SPICEサービスについて。「AIR SPICE」というサービスの固有名詞は記事には出てこない。ともかく、今年の初めにフランスでシェフたちがレシピを公開し始めたことをキッカケに日本もそのムードになった。僕がオープンソース化を提唱し続けてきたことに目をつけてくれた記者の方がたっぷり2時間ほど取材し、短くても内容の濃い記事にしてくれた。この手の取材を受けることは最近、めっきり減ったけれど、受けてよかったなと思う。

吉と出るか? というキャッチーなタイトルがついているが、僕と僕の周辺に限った話でいえば、もうずっと前から吉と出ている取り組みだ。

「秘伝にするよりカレーの進化を僕は見たい」

オープンソース化を着想した最大の理由は、記事にそう書かれた通りだ。僕は、カレーに関わる多くの人と一緒にできるだけ早く高い場所に登りたいと思っている。高い場所からカレーの世界を見渡せば、今は見えていないいろんなものを発見できるだろう。そうやってみんなで新しい景色を眺めて、そこから次のカレーを編み出したい。そのためには、「レシピを守る」という行動を放棄してみたらどうだろうか? と思ったのだ。

長年、カレー店のシェフと深い付き合いをさせてもらっている。少なくとも僕の周辺にいるシェフに限った話でいえば、「実力のあるシェフほどレシピは隠さない」と実感している。「レシピはいくらでも教えますよ」と平然としているシェフが多い。ただ言外に「でも僕と同じ味のカレーにはならないけどね」と匂わせる。

僕自身もカレーを作る上で本当に大切なことはどう頑張ってもレシピで表現しきれない、と思っている。すなわち僕はレシピを隠そうとしないシェフとは同じ場所にいる。だったら、ひとまず、レシピはみんなの共有財産にするとして、そこから、「さらにおいしいレシピを開発する」とか「レシピで表現できないテクニックを磨く」とか、そういうことに注力したい。それが僕の考える“今より高いところに登る”ためのひとつの方法だ。

ただ、取材時に記者の方に念押ししてお願いしたことがある。
僕は、「カレーに関わるみんながレシピをオープンソース化するべきだ」と言っているわけではない。「カレーをオープンソース化することが未来のカレーのためになる」とも思っていないし、「そうすればカレー好きの多くの人が幸せになる」と言いたいわけでもない。あくまでも、僕が僕なりに「カレーの進化を見る」ために効果的な方法だと考えているだけのことなのである。

おそらく圧倒的多くの人が、「レシピこそが財産だ」と思っているカレーの世界で、僕の考えがいろんな人の迷惑にならないといいなと思う。その点においては「凶と出る」ことがないよう願っている。だから、記事でもその点は十分に留意してもらった。

僕は僕と同じような考えを持っているシェフとだけ、このプロジェクトは進めていければいい。ただひとつ言えることは、レシピを隠さないシェフたちとのカレー談義や研究会の場は、興奮と刺激でいつも胸が躍る。楽しくてたまらない。だから、ちょっと興味があるなぁ、という作り手さんがいれば、仲間に入って一緒に楽しめればいいなと思っている。

(水野仁輔)

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