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カレーのヒント

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水野仁輔が日常生活のふとした体験の中から、カレー活動のヒントになりそうなものを見つけて、思いのままに綴っています。日記みたいなもの?
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#カレーのヒント

カレーのヒント 033:リーバイス501のような……

カレーのヒント 033:リーバイス501のような……

10年ぶりくらいにジーンズを買った。

目的の場所に予定より早く到着し、ウロウロしていた時にたまたま通りかかった店にふと入ると、リーバイスが何本か売られている。そういえば、10年以上はいている古着屋で買ったジーンズがボロボロになっていたっけ。両側のポケットが破れているから、忘れていて鍵やら財布やらを入れるたびに足元まで落っこちる。あれはあれでこれからもはくつもりだけれど、そろそろ1本買ってもいいか

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カレーのヒント 032:手ごたえがあったのだ

カレーのヒント 032:手ごたえがあったのだ

クラフトスパイスという言葉を思いつき、使い始めたのは、2019年6月ごろのことだった。

元々は、去年の新刊出版記念パーティをパリで終え、カフェで編集者と雑談をしていたときにこの言葉は生まれた。来年の本をどうしようか? という話の中で、カレーではなくスパイスの本がいいんじゃないか、ということになった。タイトルは? 現実的な話が動き始める前にこの手の妄想をするのはよくあること。そのときに、正確に言え

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カレーのヒント 031:忘れたらサヨナラ

カレーのヒント 031:忘れたらサヨナラ

メモは取らない、と決めている。
写真も撮らない、と決めている。
思い出になるかもしれないものはできるだけ処分する、と決めている。

過去のことは記憶の中だけにとどめておけばいいと思っているからだ。そして僕は記憶力があまりよくないからたいていのことは忘れてしまう。文章を書く立場として、色々とネタを記録しておいた方が何かにつけて役に立つのかもしれない。でも、僕はそれをあえてしないことにしている。文章を

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カレーのヒント 030:つくるたべるよむ

カレーのヒント 030:つくるたべるよむ

どこかで誰かが見ていてくれるはずだ、と常に思っている。そういう人はたくさんいなくていいし、偉い人である必要もない。誰か一人でもどこかにいてくれるなら、僕は僕がやっていることに安心して打ち込める。活動の原動力はそこにある。

本の雑誌編集部から取材依頼があった。『つくるたべるよむ』という書籍が本の雑誌社から出版された。「読むと本が欲しくなる」という裏テーマで作られたというこの本の編集者は、イートミー

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カレーのヒント 029:「撮る」・「話す」・「書く」

カレーのヒント 029:「撮る」・「話す」・「書く」

ニハリをめぐる、パキスタン~インドの旅を終えた。去年のインド・ネパールよりも、一昨年のインド・スリランカよりも充実した旅だった。なんというか、掴んだものがあったという実感がある。

きっとしばらくの間、「インド、どうでした?」というような会話をすることが増えることと思う。それを想像して、ちょっと困ってしまった。

「楽しかったよー」とか「いやー、おもしろかったなー」とかならすぐに返答できる。「こん

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カレーのヒント 028:タカタクとカタクトゥ

カレーのヒント 028:タカタクとカタクトゥ

パキスタンに来ている。
パキスタン料理にタカタクというものがある。広い鉄板にヘラ型の包丁を2本、タカタクと叩きながら料理する。この調理法が極めて合理的で面白い。長い歴史の中で自然にできあがったプロセスだとは思うけれど、僕からすると、できあがりのゴールイメージから逆算して何をどのタイミングに入れてどう加熱するかが組み立てられているように見える。日本でカレーを作っているときに感じているいくつかの疑問点

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カレーのヒント 027:サングラスとカレーのカルテ

カレーのヒント 027:サングラスとカレーのカルテ

度入りのサングラスを買った。
眼鏡はいつも恵比寿の友人の店で買うことにしている。もう10年以上前(かな)から、そこに自分の視力に関するDATAがあるからだ。視力はきっと少しずつ変わっているのだけれど、買うたびにそのときの視力に合わせてしまうとかける眼鏡によって見え方が変わるから、「はかりますか?」と聞かれても「いつもので」とお願いすることにしている。行きつけのBARじゃあるまいし。
サングラスを買

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カレーのヒント 026:ナイアガラレーベル

カレーのヒント 026:ナイアガラレーベル

カレー&スパイス専門の自費出版レーベル「イートミー出版」を立ち上げたのは、もう10年以上前。あのとき、「カレー界のナイアガラレーベルにしたい」と思った気持ちは今も変わらない。ナイアガラレーベルは、故・大瀧詠一さんが手掛けていたものだ。
当時から「紙メディアは終わった。もうネットの時代だ」と言われていたから、あえて紙媒体を作り続ける出版レーベルを立ち上げた僕に何人かが善意のアドバイスをくれた。「水野

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カレーのヒント 025:7テクニック

カレーのヒント 025:7テクニック

今年2冊目の新刊撮影を終えた。
カレーをおいしく作るために僕が大事だと考えている7つのテクニック、「火、スパイス、油、塩、水、玉ねぎ、隠し味」を習得できるようになるレシピ本だ。

新刊の撮影は、1年のカレー活動で最も疲労困憊する仕事。今年も4日間連続の撮影を終えて、ふらふらになった。ただおいしいカレーを32品つくるだけならここまでぐったりすることはない。カリ~番長時代は、3日間のイベントで30品を

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カレーのヒント 024:壁にポラロイド

カレーのヒント 024:壁にポラロイド

今年の新刊(今のところ2冊)のうち、1冊分の撮影が終わった。カレー将軍という4人組で共著の形でレシピ本を作っている。撮影は4日間。メンバーが1日ずつ担当し、僕は初日に料理をした。窓ガラスに貼られた台割の紙には、撮影の終わったページにチェックの印が入る。
2日目、3日目と別メンバーが撮影し、最終日に撮りこぼした料理を作りにスタジオへ行くと、窓ガラスの様相が初日と違う。僕も含めて3日目までのメンバーが

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カレーのヒント 023:沖縄の“ヒト”

カレーのヒント 023:沖縄の“ヒト”

沖縄でカレーを作ってきた。

やんばるアートフェスのクロージングイベントとして3日間、東京スパイス番長メンバーとヤギ肉のニハリを作った。やんばる野菜をどっさり添えて。
5日間の滞在を終えて帰京すると、思い浮かぶのは、たくさんのヒトの顔。本当にたくさんのヒトと会い、話した。楽しかったなぁ。

これまでもずっとそうしてきたことだけれど、去年の後半に改めて意識しなおしたことがある。それは、何かしらの依頼

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カレーのヒント 022:スチャパラター

カレーのヒント 022:スチャパラター

去年、ふと思いついた。新しいグループを結成しよう。名前は、“スチャパラター”。インドのパン、“パラタ”を専門的に作り続ける集団である。パラタとは、インド式のクロワッサンとでも言えばいいのかな。
カレーの作り手はここ数年でかなり増えた。けれど、カレーのお供を専門にする動きはない(マイナーすぎるから?)。メンバーは何人かイメージしている人がいる。ひとりは去年、声をかけたら快諾してくれた。
今年は、スチ

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カレーのヒント 021:フォーティ・ナイン・ポイント・ファイヴ

カレーのヒント 021:フォーティ・ナイン・ポイント・ファイヴ

テニスラケットのガットを張り替えに行った。
ガットのテンションを聞かれ、「50」とお願いしてから、お店のスタッフと雑談になった。流れでミーハーな質問をしてみる。
「錦織選手は、だいたいどのくらいの強度なんですか?」
そう聞いた瞬間に、スタッフの目の奥がキラリとした。「ちょっと時間、いいですか?」みたいな表情(に僕には見えた)をしてから、話し出す。基本的にはその日のコンディションやコートの質、相手が

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カレーのヒント 020:スパイス泥棒

カレーのヒント 020:スパイス泥棒

「こないだね、うちの店に泥棒が入ったんですよ」
「え!? 無事でしたか?」
「何も取られなかったんだけどね、棚のガラスを開けようとした形跡がある」
「棚に何か大事なものが?」
「あるんですよ、僕が調合したスパイスがね。あれを狙ったに違いないんだ」

15年ほど前、町田の老舗カレー専門店『アサノ』を訪れたときに店主とそんな話をした。あのときの彼の目は真剣だった。横にいた奥さんがどんなに否定しようと持

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