カレーのヒント 007:木べらがない
イベントで250人分のカレーを作った。調理現場に入り、仕込みを開始してから、木べらがないことが判明。出張料理はハプニングの連続である。そして、僕はハプニングが大好きだ。というよりも、予定調和が楽しくない。イメージした通りの場所にたどりついたり、想定した通りに物事が運ぶとつまんなくなってしまう。
調理アシスタントに、とあるシェフが入ってくれていて、彼が「木べら持ってきましょうか。僕の店にありますから」と言ってくれた。でも、それを断った。せっかく“木べらがない”というチャンスが目の前に現れたのだから、この状況を楽しみたい。あればあったほうがいい木べらが準備されてしまったらつまらないじゃないか。
木べらなしでカレーの仕込みが始まった。寸胴の鍋底をこそぎ落とすことができないだけで、想定していたレシピはだいぶ変わる。要は強い火入れができなくなるのだ。わざと鍋底を少し焦げ付かせてうま味に変えていくような手法はとれなくなる。手近にあったアルミの片手鍋を木べらの代わりに持った。アルミ鍋をアルミ鍋に突っ込んで仕込みを進める。いくつもの発見があってカレーは完成した。
木べらがどれだけ大事なのかを実感し、同時に木べらがなくてもおいしいカレーができることも経験できた。あったらあったで、ないならないで。不便や不自由は、楽しいなぁ。(水野仁輔)